書評『リトル・ニモの野望』(大塚康生著)

 1989年に、ひっそりと公開された日米合作映画『NEMO』は、ディズニーに先駆けたアニメ製作者でもあるウィンザー・マッケイの新聞漫画に基づく、十数年越しの大掛かりなプロジェクトだった。本書は、作画監督として関わった著者による、悪戦苦闘の過程を綴ったノンフィクションです。執筆に際しては、関係者への取材や資料の調査を念密におこなっており、単なる回想録を超えた視点が貫かれている。
 雑誌連載時のタイトルは「プロデューサーの夢―藤岡豊さんのこと―」と言って、東京ムービーの創立者であり、「ルパン三世」「巨人の星」などのヒット作を手がけたプロデューサーであった故人が、莫大な予算と気の遠くなるような労力を投じて、夢の映画作りに邁進し、志をまっとう出来ずに終わった顛末が、冷静かつ愛惜に満ちた筆致で活写される。
 とにかく、スタート時に集まったメンバーが凄い。アメリカ側のプロデューサーに『スターウォーズ』のゲーリー・カーツ。脚本はレイ・ブラッドベリ。監督は高畑勲で、宮崎駿近藤喜文大塚康生が作画スタッフに参加していた。このリストは、さらに長く伸びていき、ジャン”メビウス”ジロー、クリス・コロンバスジョン・ラセターブラッド・バード出崎統といった名前が加わることになる。
 企画が迷走をはじめたきっかけは、本書を読む限り、高畑勲が「創造上の相違」を理由に監督を降板してからだろう。藤岡豊は、ハリウッド式のプロデューサー指導型で作品を完成できると考えたが、結局、スタッフをまとめあげることができずに、作品の内容は二転三転していく。日米の製作スタイルの齟齬、演出スタイルの差異についての話題も多く、巨大なプロジェクトを動かすことの難しさが、ひしひしと感じられる。『AKIRA』や『GHOST IN THE SHELL 攻殻機動隊』に先んじて<ジャパニメーション>のパイオニアとなりえた野心が、挫折すべくして挫折していく過程は、正直、読んでいてつらいものがありました。
 面白い情報もいろいろ載ってます。『NEMO』のアメリカ公開が遅れたのは、プリンセス役のドリュー・バリモアが、麻薬で捕まったからだとか――つくづく最後までツイていなかったのだね。『NEMO』のヴィデオ化で大儲けしたヘムデール社は、『ターミネーター』で名を挙げた配給会社。その後同社は『鉄男アメリカ』の企画を塚本晋也に持ちかけることになる。
 近藤喜文宮崎駿のイメージボードが収録されているのも嬉しい。(2005.8.5)